国指定重要無形民俗文化財「長崎くんち」
長崎の氏神様「諏訪神社」の秋の大祭です。
今年も10月7・8・9日に華やかに開催されました。
西濱町・龍船
長崎くんちは、鎖国時代、キリシタンの活動を
抑えるために始められたと言われています。
長崎の中心地に位置する踊り町約36ケ町が
7つのグループに分かれ、
7年に1度、演し物(だしもの)を奉納しています。
それぞれの町の持つ歴史・伝統などを取り入れた
独特な演し物(だしもの)は
国際色豊かで、豪華絢爛!
そこには、鎖国時代貿易港として
海外諸外国の影響を受けた歴史が物語られています。
昨年のレポートはこちら↓
長崎秋の大祭「長崎くんち」レポート~踊町「桶屋町」のシンボル・象のお話~
この伝統と歴史を長年、受け継いできた背景には
お祭りでの子供の参加・活躍が大きいと言われています。
本年度は7ケ町の踊り町が演し物(だしもの)を奉納。
【1】「五嶋町・龍踊り(じゃおどり)」
長崎くんちを代表する「龍踊り」
この龍踊りに欠かせない音楽を
チャイナ服を身に付けた子供達が担当しています。
【2】「銀屋町・鯱太鼓(しゃちだいこ)」
銀細工職人が集まってできたのが町名の由来です。
鯱太鼓(しゃちだいこ)は
唐国の「蓬莱鯱(ほうらいこ)伝説」に因んでいて
天空に昇る鯱はやがて黄金の竜となり、
人々に吉祥を招くといわれています。
750キロの太鼓山を約30人の担ぎ手が宙に放り上げ
片手で受け止めます。
受け止めた瞬間、観客から大きな拍手がわきます。
【3】「麹屋町・川船」
川船の船頭
小さい男児が船頭を務めます。
曳きものといわれる船ものでは
船を指揮する「船頭」を町内の男児が務めます。
川船の見せ場の一つ「網打ち」。
子供の網打ち船頭が投網で魚をとり神様に呈上するという趣向です。
網打ち船頭は大切に扱われ地面を歩くことを許されず
肩車(ズッキャンキャンと呼ばれています)されて移動します。
地面は海と想定されています。
【4】「八幡町・弓矢八幡祝い船」
八幡様は武勇の神様である事から剣踊も奉納され
少年剣舞と成年剣舞で構成されています。
【5】「興善町・本踊り 石橋(しゃっきょう)」
能に由来する「石橋(しゃっきょう)」を演目として
踊りを奉納します。
手前は長唄や三味線を演奏する地方さん。
草履を脱いで着物のままで石畳の上に正座するのは、
地方の心意気を表しています。
【6】「万才町・本踊り」
大人の踊りの後、長崎のわらべ歌の旋律に合わせて
子供達が踊りを奉納。
踊りとともに三味線の音が小気味よく響き
港町長崎の活況を印象つけてくれます。
このように各踊り町では子供が大役を果たしたり、
音楽を担当したりと
子供たちが幼いころからお祭りに関わっていくことにより
町の歴史・伝統が継承されていきます。
稽古は6月より始められ、夏休みに仕上げの稽古が行われていきます。
大人と子供達が一致団結しながら本番を迎えます。
鎖国時代より長く継承されてきている「長崎くんち」
子供達が活躍しています。
撮影・レポート
ひろたか としこ
長崎福岡フォト&アイシングクッキーの教室・スタジオアマービレ
長崎の氏神様「諏訪神社」の秋の大祭です。
今年も10月7・8・9日に華やかに開催されました。
西濱町・龍船
長崎くんちは、鎖国時代、キリシタンの活動を
抑えるために始められたと言われています。
長崎の中心地に位置する踊り町約36ケ町が
7つのグループに分かれ、
7年に1度、演し物(だしもの)を奉納しています。
それぞれの町の持つ歴史・伝統などを取り入れた
独特な演し物(だしもの)は
国際色豊かで、豪華絢爛!
そこには、鎖国時代貿易港として
海外諸外国の影響を受けた歴史が物語られています。
昨年のレポートはこちら↓
長崎秋の大祭「長崎くんち」レポート~踊町「桶屋町」のシンボル・象のお話~
この伝統と歴史を長年、受け継いできた背景には
お祭りでの子供の参加・活躍が大きいと言われています。
本年度は7ケ町の踊り町が演し物(だしもの)を奉納。
【1】「五嶋町・龍踊り(じゃおどり)」
長崎くんちを代表する「龍踊り」
この龍踊りに欠かせない音楽を
チャイナ服を身に付けた子供達が担当しています。
【2】「銀屋町・鯱太鼓(しゃちだいこ)」
銀細工職人が集まってできたのが町名の由来です。
鯱太鼓(しゃちだいこ)は
唐国の「蓬莱鯱(ほうらいこ)伝説」に因んでいて
天空に昇る鯱はやがて黄金の竜となり、
人々に吉祥を招くといわれています。
750キロの太鼓山を約30人の担ぎ手が宙に放り上げ
片手で受け止めます。
受け止めた瞬間、観客から大きな拍手がわきます。
【3】「麹屋町・川船」
川船の船頭
小さい男児が船頭を務めます。
曳きものといわれる船ものでは
船を指揮する「船頭」を町内の男児が務めます。
川船の見せ場の一つ「網打ち」。
子供の網打ち船頭が投網で魚をとり神様に呈上するという趣向です。
網打ち船頭は大切に扱われ地面を歩くことを許されず
肩車(ズッキャンキャンと呼ばれています)されて移動します。
地面は海と想定されています。
【4】「八幡町・弓矢八幡祝い船」
八幡様は武勇の神様である事から剣踊も奉納され
少年剣舞と成年剣舞で構成されています。
【5】「興善町・本踊り 石橋(しゃっきょう)」
能に由来する「石橋(しゃっきょう)」を演目として
踊りを奉納します。
手前は長唄や三味線を演奏する地方さん。
草履を脱いで着物のままで石畳の上に正座するのは、
地方の心意気を表しています。
【6】「万才町・本踊り」
大人の踊りの後、長崎のわらべ歌の旋律に合わせて
子供達が踊りを奉納。
踊りとともに三味線の音が小気味よく響き
港町長崎の活況を印象つけてくれます。
このように各踊り町では子供が大役を果たしたり、
音楽を担当したりと
子供たちが幼いころからお祭りに関わっていくことにより
町の歴史・伝統が継承されていきます。
稽古は6月より始められ、夏休みに仕上げの稽古が行われていきます。
大人と子供達が一致団結しながら本番を迎えます。
鎖国時代より長く継承されてきている「長崎くんち」
子供達が活躍しています。
撮影・レポート
ひろたか としこ
長崎福岡フォト&アイシングクッキーの教室・スタジオアマービレ